今は不登校の中学生も増え制度もより柔軟になっているでしょうが、学校に行ってなくても中学校を卒業することはできます。
卒業しなければならないです。
ただ受験の問題など、その後どうするかはそれぞれの家で考えるしかありません。
ひきこもりで行動すること自体が難しければ、進路以前に居場所を考えるという意味になると思います。
回復の兆しが見えた時もあった
不登校でひきこもりになり、何かと反応も過敏で家族との関わりも難しくなった息子に、唯一保たれていたのはスクールカウンセラーとの関係でした。
もどかしいと思うこともありましたが、カウンセラーは慎重に、そして根気強く訪問を繰り返し息子との関係を築いて下さいました。
どんな会話をしていたのか、気が向いた時はカウンセラーと自室で長々と話している時もありました。
時が経つと、カウンセラーと話をするために学校に行く日もまれにありました。
午後からカウンセラーが迎えに来て一緒に学校に行き、教室には行かずに保健室登校のようなもので他の生徒には会わず、下校時間よりも早く帰ってきます。
そして、中学2年の夏に突然、学校に行くよと私達に宣言したのです。
その頃は精神的に安定していたのかもしれません。
久しぶりに見る活力のある明るい顔で、本当はそれが本来の姿だったはずです。
このまま不登校も治り、この子も元に戻るのではないか?と期待を持ちました。
そう宣言した翌日から、間で休みながらですが実際に2週間ほどは学校に行きました。
しかし本人にはかなり難儀なことだったのかもしれません。
結局、続けることはできず、もう学校に行くと言うことはありませんでした。
不登校でも卒業はできる
思い起こしてみれば、不安定に揺れていた状態が完全にひきこもりになったのは、登校したその夏以降かもしれません。
そして欲しいものがあれば、すべて私の母に依頼し母がその希望に答えていました。
母は息子の使い走りであるかのように、それでも頼まれれば嬉々としてあれこれと過剰に物を与え、それは私と母のもめごとの材料でもありました。
結局、息子はほとんど中学に通うこともなく中学生生活は終わりに近づきます。
不登校ひきこもりであっても、ほとんど授業など受けなくても、中学生であるということはひとつのアイデンティティです。
中学を卒業したらどうすればよいのでしょうか。
高校進学をきっかけに再スタートできる子もいるようですが、うちは高校から急に変わるとはとても思えませんでした。
それでも卒業だけはできるし、しなければならないのです。
中学を卒業できる安心感よりも、私はいっそこのまま在籍させてもらいたいというのが本音で、その後の不安の方が大きかったです。
息子は卒業式にも行きませんでした。
最後くらい行けばどうかと勧めましたが、学校に行けない本人にとっては、行事だからとかなんて関係のないことだったのです。
ひきこもりの受験・進路の難しさ
現在はシステムが変わっているかもしれませんが、当時、公立高校受験には出席日数などの条件があり、うちはまず不可能でした。
高校受験をするならば私立高校しかありません。
今はもっと多様性があるかもしれませんが、当時、私立で不登校の生徒の受け入れる通信制の高校が認知され始めていました。
だけど息子とは現実的な進路の話し合いになりませんでした。
希望を問えば、遠方のクリエーターの専門学校に入学させろ、大学院まで行くのだから進学校を受験させろ、と、自分の現状からかけ離れた無理難題を言うのです。
そして、自分はIQが高いのに私達がそれを妬んで邪魔をしていると言って家族を責めました。
結局、担任やカウンセラーと話し合い、不登校を承知で受け入れてくれる高校を受験する段取りで周りから固めていきました。
半ば強引に決めていったのですが、本人も本当は自分で考えることなどできなかったのだと思います。
周囲の決定を拒絶はしなかったので、本人の中にもこの先どうしたらいいかわからない焦りがあったのかもしれません。
受験は簡単な面接程度でしたが、本人が出向く必要がありました。
それさえできるかどうかを心配しましたが、その日、息子は夜中から起きていて準備をしたのです。
ひきこもりの彼にとって、それはとんでもないエネルギーのいる行動だったでしょう。
まとめ
不登校でほとんど授業を受けてなくても、中学は卒業できます。
反対にこんな状態で卒業させるのか、これからどうすればいいのかと不安になります。
親が思うより本人の方が、所属をなくす不安は大きいのかもしれません。
うちは私立の受験をしましたが、結局そこにも登校することなく、本人の希望ですぐに退学することになります。
でも私はこの時、もっと彼の努力を誉めてやるべきだった、当時を振り返り後悔しています。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
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