統合失調症の奇妙な思考と行動は友人関係を困難にする

統合失調症
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中学生活をひきこもりで過ごした息子には、友人と言える人はいませんでした。

家族以外で唯一あった人間関係はスクールカウンセラーだけです。

中学を卒業後、ひきこもりから外に出るようになった頃、彼は友人が欲しかったのだと思います。

当時の思考や行動はまとまりがなく、それは友達作りにも影響があったようです。

彼の状態は改善したのではなく症状が変化していたのです。

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友人が誰もいない

息子は元々内向的な性格ですが、小学生の時には仲のいい友人もいました。

友人たちのグループは一緒の中学に進み、一緒に登校していて、彼の不登校が始まっても毎朝迎えに来てくれ、学校の配布物などを届けてくれる子もいました。

 

でも不登校の期間は長く続き、友人達にもそれぞれの世界の中で新しい友人関係ができていたと思います。

ひきこもりの間は友人が必要なわけでもなく、本心はわかりませんがおそらくその人達に思いを馳せる余裕はなかったでしょう。

そして卒業後、過去の友人に連絡をしてみたら、もうそこに自分の居場所はなかったことに気づいたようです。

友人と呼べる人が誰一人いないことを寂しく感じたと思います。

そして本当に急に積極的に人と関わる行動を開始しました。

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行動変化は病気の症状かもしれない

高校に入学したものの、高校には一日も登校しませんでした。

 

外の世界に関心は向いたけど学校生活には全く興味を示しませんでした。

それはわがままというのではなく、やはり学校はハードルが高いように思いました。

籍を置いておくという選択もありましたが、それは公立の中学と違い経費が掛かり続けるということです。

シビアですが、私には悠長に眺めていられる余裕はなかったのです。

結局、せっかく入学したけれど高校は一学期で退学手続きをしました。

高校など最初からなかったかのように息子はよく出歩いていました。

でも行動はどこか不自然でぎこちなく、それも統合失調症の症状だったのだと思います。

徘徊のような外出

私は、息子と同居ではなかったですが、毎日のように出て行っているということを母から聞いていました。

 

どこに行っているのか母は把握していないようでした。

一緒に出掛ける友人もいなければ行先のあてもなさそうなのに、いきなりの変化がとても気になりました。

母にしてみれば、家に引きこもっていられるよりもいない方が気を使わなくて楽だと単純にホッとしていたと思います。

お金もそれほど持たせてないので、できることも限られているはずです。

目的もなくただ毎日出歩く、それはまるで徘徊のように見えました。

電話をやたらとかける

出かけるのと同時に、とにかくあちこちに電話をしているようでした。

当時は個人で携帯電話を持ち歩いている時代ではなく、その代わりに公衆電話ボックスがどこにでもあったのです。

私もその年頃は友達とずいぶん長電話をしたけれど、彼にはそんな友人はいないはずで、どこの誰と話しているのかも不明なのです。

手あたり次第に思いついては電話をしている様子で、とにかくテレホンカードの消費が激しく、頻繁に要求をしてきました。

誰にでも声をかける

ある日、息子が近所の公園をよくうろうろしていて、小学生などにも話しかけているという話が母の知人から入ってきました。

そのような行動は、悪いことをしていなくても絶対に人に怪しまれると咄嗟に思いました。

本人にそのことを確かめたら「小学生と友達になりたかった」と悪びれることもなく言うのです。

同世代の子達は高校生になったけど、この子はひきこもっていたから小学生のままで時が停止しているかのようでした。

彼は悪意もなく、本当に寂しくて相手にしてくれる友人が欲しかったのかもしれません。

同世代とは関係を築く自信がないかもしれないし、ついていけないのかもしれません。

でも高校生(退学しなければ)が小学生と友達になろうと考えるのは、一般の目にはかなり奇異な思考です。

それがわからない息子にそう言い聞かせながら、思考のずれを感じました。

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話の内容にまとまりがない連合弛緩

息子との会話は脱線が多くまとまりに欠けました。

ちょうどお酒で酔っている人と話をしているようで、常に心ここにあらずのように落ち着かず、思いつくことに話題が変わるのでそちらに流れを取られてしまいます。

だけど支離滅裂なわけではなく、言葉としての疎通は取れています。

いっそ滅裂な状態であれば異常と認識しやすかったかもしれません。

このような思考のまとまりのなさは、統合失調症の思考障害の一つ、連合弛緩という症状のようです。

思考や言動の逸脱は統合失調症に多く現れる症状です。

統合失調症者の思考の道筋の過程は、ほかの人とはかなり異なっています。思考はまとまりが無くばらばらで、会話はしばしば論理がめちゃくちゃでつじつまが合わなくなります。

様々な考えが制御を欠いて浮かんできたり、思考が突然中断することもみられます。しばしば不適切な対応につながることがあり、その人は悲しいことや恐怖について話しながら笑っているなどちぐはぐな印象を与えます。
 
 
 
統合失調症にみられる思考障害は思考内容の異常のほかに思考過程の異常と思考体験様式の異常があります。思考内容の異常と同じくらいポピュラーにみられる症状です。
統合失調症に特異的な思考過程の障害は「思考阻害」と「支離滅裂」です。それぞれ程度は軽いものから重度のものまであります。
重症になれば経験の浅い人が見てもすぐに分かります。
支離滅裂が高度になるとまったく論理的に関連性のない観念が頭の中に次から次へと現れてきます。もぐら叩きのもぐらのようなものです。
こうなるとその人のしゃべっていることは単に無意味な言葉の羅列になります。「言葉のサラダ(word-salad)」と言います。他者との意思の疎通は成立しません。
支離滅裂もごく軽度の「連合弛緩〔loosening of association〕」程度ですと、なんとなく話しに纏まりが欠けるといった程度にしか現れませんから、注意深く観察しないと見落とすことがあります。
 
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まとめ

それまでは不登校、ひきこもりという内にこもる形だったのに、行動パターンは変化していきました。

それを「ひきこもりの改善」と喜ぶことはできない、ちぐはぐで何かがおかしいと感じていたのは統合失調症の症状だったからだと思います。

彼はじっとしていることができない様子で落ち着きがないのです。

私はのんびり構えている母を横目で見ながら、止めなければと思っていました。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

 

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